つまらない日常

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  その事件により本当に嘆き悲しんだのは母親だけだったのかもしれない。     事件から数週間は病院を転々とし、まるで医者達は面白い玩具でも見つけたように、目を輝かせて悠太の体を調べ尽くした。   ニュースで取り上げられたこともある。 しかし、悠太は芸能人でも有名なスポーツ選手でもない。 超能力で目から光線でも出したらもっと話題性はあったかもしれないが……。   脳に障害を持ち目だけしか動かせない、なんて子はたくさんいる。 ただ彼には病院特有の様々な管やら点滴やらが付いていないだけで、ただベッドに横になり上を向いているだけの、どこからどう見ても健康そうな普通の少年だったのだ。   世間の目は、『池丸商事の新たな不正!』という話題にすぐに移っていった。   最初は心配してお見舞いに来ていた友達も、動かない相手を前に飽きてきたのだろう。 日が経つにつれて、母親と病院関係者以外目にすることがなくなっていった。   そのことを一番寂しがったのは悠太の母親だ。 母親は悠太が寂しいだろうと心配し、番号の知っている悠太の友達に電話をかけた。 そして学校で今どんな話をしているか等を聞いて、最後には必ず「よかったら病院に顔を見せにきてあげてね」と話していた。 他にも、悠太が一度でも「好き」「綺麗」と言っていた物はできる限り病院に持っていこうとした。 もちろん何度かは病院に止められ、渋々持って帰ることもあったが…。   見つかればいいが、こっそり持ち込んだ時は大変だ。 川にキャンプに行った時に悠太が「綺麗」だと言っていたからと、川の砂利とホースを持ってきて、病室近くの蛇口からホースを使い、疑似の川のせせらぎを病室に作ろうとしたのはなかなか見物だった。 出来栄えはまあまあだったのだが……。   他の病室のおじいさんが間違えてホースの付いた方の蛇口をひねってしまったのだ。 そのため、元々水が出ていたホースから更に水が溢れ、悠太の病室は水浸しに。 ホースは水圧に負けて蛇口から爆発するように外れ、あと数日で退院のはずだったおじいさんは驚いて転倒、腰の骨を折って入院期間がだいぶ延びた……という。   困り果てた医者は悠太を他の病室とは離れた場所へ移すことに決めた。 悠太にとっては周りが静かになったので嬉しかったが、母親は悠太の友達が来にくくなる、と医者に文句を並べ困らせていた。
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