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まさか、母親の過保護を超えた執着心のような優しさが、この先にとんでもないことを引き起こすなんて……
誰も想像できなかっただろう。
──悠太以外は。
悠太は眉間に皺を寄せ、蝶の動きと風の流れを読みとろうとしていた。
病室だったその場所は、今や青々とした草木が生い茂り、その中を柔らかい風が戯れている。
空は果てしなく青く遠くて、悠太がどんなに手を伸ばしても陽の光を遮ることはできなかった。
耳を澄ませばどこからか鳥の歌声と風達の囁きが聞こえてくる。
そして目の前には、陽の光を体いっぱいに受けて気持ちよさそうに漂っている美しい蝶がいた。
蝶はまるで誘うかのように悠太の目の前を右へ左へと漂い続け、しばらくすると一本の木の方へと向かっていった。
じっと見つめていると、蝶は一本の大きな木へ停まり、羽を大きく広げて木へと溶けこんでいくではないか。
その様子を大人しく見ていたが、悠太は何故か急に焦燥感を感じ始めた。
(また、置いていかれる……)
「まっ……待って……っ」
悠太がいてもたってもいられず出た言葉が消えていくように、蝶は跡形もなく消えていった。
それが合図であったのか周りの草木が次々と枯れ白髪になって崩れ落ち、青い空の前にはくすんだ霧が立ち込めて、やがて壁のように真っ白になった。
柔らかい風達は、狭まれた白い壁から逃げるように窓から飛びたっていく。
そして、高笑いをしながら霧の中から向日葵が現れ、悠太の目の前に陣取り始めた。
それぞれが自分の位置を見つけると、頭上から伸びている紐を引っ張り、一点を見つめ固まっていく。
その数秒後、向日葵の向く方向にパチパチっと明かりが灯るように太陽が出てきて、向日葵を見下ろす形で動かなくなった。
「悠太ちゃんお待たせーっ」
ドアから声がして、ガチャガチャと料理を持って看護婦が入ってくるころには、悠太の目にいつもの景色が広がっていた。
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