つまらない日常

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  悠太の妄想は、あの事故以来日に日に大きくなっていき、今では現実なのか想像なのか本人さえ分からなくなるほどだった。 もちろん、声は出せないし、手だって動かせない。 けれど自分の想像の世界なら、自由に考え動き喋り笑うこともできる。   悠太は心の中で大きく深呼吸をして目を閉じ、看護婦が食事と共に部屋に入ってくる音に耳をすませた。   (どうせ、自分の妄想にすぎないんだ。 僕の病気は誰にも治せない、僕の心は誰にも理解できない。 ……でも、もし、もしこれが妄想じゃなかったら……もし、現実と妄想が逆だったなら……僕は、自由だ。 まあ、くだらない理想なのは分かっているけど)   そんなことを考え込んでいたが、悠太はある異変に気付き思考を止めた。   足音が、聞こえてこなかったのだ。   いつもなら入ってすぐに話かけてきて、食事の準備をするために動き始めるのに、部屋に入ってからの看護婦の足音がまったく聞こえてこない。 止まって何かに気をとられているのだろうか? 不信に思い、悠太は目を開きその姿を探した。   看護婦は、悠太のすぐ側でただ呆然と立っていた。 しかし、顔は窓に向けらていて何かを探っているように見える。そして彼女はそのまま食事を置いて歩き出した。   (……どうしたんだろう?) 悠太もその姿を追い目だけを窓の方向へと動かした。   看護婦は窓の前で止まると、やっと口を開く。   「悠太ちゃん……今日、私が来る前に誰かいらしたの?」   看護婦は窓のそばに立ち、悠太に背を向けたまま喋り始め何かを拾い上げていた。   「まさか、まさかだけど悠太ちゃんは動けないしね……。 じゃあ、お母さんかしら……でも……」   看護婦はぶつぶつと呟きながら顔をひねり悠太の方へと振り返る。 その手には何かが握られていて、それを悠太に見えるように掲げると少し眉を寄せた。   「悠太ちゃんはアレルギーだから、本物の向日葵は持ってきちゃダメって私あなたのお母さんに言われたのに」     看護婦の手には、色鮮やかな黄色の、向日葵の花びらが握られていた。
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