つまらない日常

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  光が収まるのを感じ、悠太は目を擦り、ゆっくりと開いた。   (ここ……どこだ?)   目が慣れてくると、ベッドの周りから、たくさんの向日葵に囲まれているのが分かった。 向日葵達は自分達の茎をしならせ、覗き込むように太陽ではなく悠太の方へ大きな花を向けている。   「うわっ!」   悠太は驚いて動かないはずの体を動かし、上半身だけ飛び上がるように起き上がった。   「……なんだ、また僕の妄想の中か」   言葉を口にすることができ、体も自由に動かせる。 悠太は手を軽くぶらつかせながら、これが現実ではないということを確認した。 深い溜め息をつくと、ゆっくりと辺りを見回す。   まだ冴えきっていない目に映るのは、黄と青の爽やかなコントラストだけだった。 あまりの発色に目を渋らせながらも、段々とぼんやりとした色と形から細かい情景を見極め、自分の居場所を再確認する。   「…ここ、向日葵畑?」   辺り一面には、果てしない鮮やかな黄色の向日葵が、太陽の光をいっぱいに浴びて楽しそうに合唱をしている。   『おはよう おはよう   昼の国   おはよう おはよう   怖がることないさ♪  ここには闇は存在しない おはよう おはよう 太陽の世界 自由に伸び伸びと生きるのが僕ら♪ おはよう おはよう   高らかに笑え   僕らを太陽が見つめる限り♪』   辺りを目で詮索していると、向日葵の中に、花びらの一枚抜けている向日葵を発見した。 その向日葵だけは歌わずにこっちをじっと見つめ、手招きをするように葉を揺らしている。 その姿はまるで「来い」と誘っているようだ。    (あの向日葵……) 悠太は病室の絵画を思い出していた。 絵から花びらが落ち、病室からこの場所へと導いてきた。 もしこの場所があの絵画の世界なら、あの向日葵の花びらは一枚抜けているはずだ。 それは希望を求める者なら誰しも考え得ることだろう。 「もしかして、君が僕を自由にしてくれるの……?」   悠太はそう感じた。 いや、そう感じていたかったのだ。   しかし、また蝶のように急に消えてしまうのではないだろうか。 あの時の妄想と同じように、悠太の胸には焦燥感が沸き上がってきていた。   焦りに身を任せ、悠太は勢いよくベッドから降り、駆け出した。 向日葵の間を縫うように、自分を呼ぶ方へとひたすら走っていく。 目の前の希望に、胸を踊らせながら……。
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