治にあって乱を忘れず

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治にあって乱を忘れず

「掛け合い」 それはヤクザ同士の交渉や話し合いを意味することばだ。   ヤクザ同士の言葉を駆使した交渉ゴトは、一歩間違えれば命取りになる。こじれれば本抗争に発展する可能性だってある。   だから俺達は、言葉に魂を込め、一言一句に命を懸ける。 ”言葉による抗争” それが「掛け合い」なのだ。   …俺が兄貴分の組を手伝っていた頃、俺の携帯に兄貴分の若い衆から一本の電話が入った。 「オヤジ達が掛け合いで揉めに揉めています!応援願います!」   嫌なこった…俺は喉まで出かかった言葉を飲み込み、「わかった。すぐ行く」と、心とは裏腹の言葉を吐いた。悲しきかな、それもヤクザのサガだ…。   「治にあって乱を忘れず」とは良く言ったものだが、敵対的掛け合いをする以上、事前の準備が必要になる。   まず、人員を待機させる。  その場所は相手組織の事務所付近、ヤサ(家)、愛人宅、よく利用するホテル、隠れ家、飲食店などの出入り先、そして掛け合いが行われている場所付近だ。   当然、一部には道具を持たせるのが常識だと思うが、今は何かとウルさい。 一応、拉致用のワンボックスカーにテンプラナンバーも用意しなければならない。   電話の中身から、それらの準備をまったくしてないことが判明した。   それらの手配を早急に段取り、俺が現場についたのは最初の電話から一時間以上が経過してからだった。   現場のファミレスに着いた俺はア然とした…   なんと集団で掛け合いをしてるのだ。しかも兄貴分達と兄貴分が所属する組幹部はビールまで飲んでる…。   これは、あってはならない事だ。ヤクザの世界では注文したり、出されたりした飲み物は、掛け合いが終るまで口をつけないのが作法だ。   決着がついて初めて口にする。何故ならこれには「水に流す」という意味が込められるからだ。   まして飲み物がアルコールとは…。   それに集団で掛け合いをするとは何事だ…。 掛け合いは少人数(せめて二人)でして、あとは待機が鉄則だろ。   数えると、こちら側は9人。相手は10人いた。
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