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チャリで20分、
鈍行電車で2時間と半で上野へ。
上野から30分ほど電車に揺られ、
更にバスに乗って数分。
電車なんてろくに乗らない俺がこうして遠く離れた目的地に一度も迷わずにたどり着けるなんて、
奇跡としか言い様が無い。
全く。あいつは何を考えて居るのだろうか。
そんな事を考えながら、俺は『彼』との待ち合わせのホールへと向かう。
ホールの中はしんと静まり返っていた。
なにも、それは有名楽団のコンサートの最中だったからではない。
皆が『止まって』いたからだ。
時計の秒針も、全く動こうとはしない。
「待っていたよ。ラン兄」
止まっている筈の空間に響く、間の抜けた声。
その声の方向に向かい、俺は足を運ぶ。
『彼』はホールの真ん中の右寄りの席に、足を組んで座っていた。
「『用事』って、何だ?」
「久々の再会なのに、つれないなぁ、ラン兄は」
『彼』はふっと困ったように笑いながらため息をもらす。
「早く言えよ。こっちはわざわざ茨城から来てやってんだ。」
「…彼女が、消えちゃったんだ、こう、ぎゅっ…と抱きしめた途端に…」
『彼』は無表情でゆっくりと顔をこちらに向け、目を見開く。
特に大きく開かれた右の目には恐ろしいほど深い紅が鈍く輝いていた。
「相変わらず、嘘が得意みたいだな」
「嘘?何の事?」
『彼』は目を見開いたまま、口を歪めて笑う。
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