見つからない探しもの

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  眼が覚めると、そこはいつもと変わらない真っ白な天井。 触り慣れたシーツの感触と気だるい体。回らない思考回路で昨夜の事を思い出す。   「なんだっけ…思い出せない」   手をかざしてみるが、普段と変わらない掌。見た感じではどこにも異常は見当たらない。 昨夜、自分が何をしていたのか思い出せない彼、フォルトゥは重度の記憶障害をもっていた。 昨夜以外の、朝の出来事や一昨日のことすら思い出せない。 記憶に残っているのは、所々の断片的な部分だけ。 丸一日を通して、朝何をしてその後、自分がどのような行動をしたのかフォルトゥにはない。あるとすれば、印象的に残った箇所、つまり目に焼き付いたものしか記憶されない。 しかし、それすらも曖昧なものとなって頭に残る。       懸命に過去の記憶を遡っていくが、同じ時間に受けている検診しか頭に浮かばない。 検診は毎日十時に行われるものであり、部屋に居れば勝手に誰かが来る。それ以外のことは、何も思い出せない。見慣れた天井も、何時から見ていたのかも記憶していない。 唯一、フォルトゥがずっと記憶として残っているものは自分の名前だけ。 どうして記憶障害に陥ってしまったか、彼自身覚えていない。    「兎に角、部屋から出よう」   横たわっていたベッドから降り、壁に掛けてある上着を手に取る。 袖を通さずに、肩にかけるだけのラフな格好。フォルトゥ曰く、一番らくな着方らしい。  簡素な扉の前に立つと、シュンという音と共に開いた。 何の躊躇いもなく、部屋から足を一歩踏み出す。そこは、部屋とはまた違った雰囲気の場所。何処までも続く長い道は、廊下であることを認識させる。 汚れがひとつもない、清潔感溢れる白い壁と床。等間隔に設置された窓からは、風と太陽の光をやさしく招く。   辺りを一通り見渡したフォルトゥは、気の向くままに足を動かす。 目的があるわけではなく、行きたい場所があるという風でもない。 ただ、彼は毎日足を運ぶ場所があり、検診までの時間をそこでやり過ごしている。 無意識のうちの行動として彼は思っている。
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