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せんせーぇっ!!
またか。
私は、ウルウルと目を潤ませて叫ぶアシスタントの女の子に向かって、はいはいとため息をついて席を立った。
「すみませんーっ! またベタはみ出しちゃってぇ……」
「うーん。そのくらいなら後でホワイトかければ大丈夫だから、とりあえず作業に集中して?」
「はぁい」
アキトと二人だけでは漫画の執筆速度が追いつかなくなって、しばらくたつ。
思いきって、住んでいるアパートの近くに、もう一つ部屋を借りて。
編集さんから紹介された漫画家志望の新人さんを、アシスタントとして雇うコトにした。
まあまあ……使える……んだけど……。
「センセー! 俺も墨汁ブチ撒けマシター」
向かいで背景を描いているアキトに、殺意のこもった眼差しを向ける。
「ウソです冗談です……ああっ、今殴られたらパースが歪んで大変なコトにっ」
私は、手を止めてギシッと椅子にもたれて。
エンドレスリピートで流しっぱなしにしている古い特撮の、やたらとテンションの高い歌を歌手と一緒に叫んでみた。
うわぁ……もう、イントロだけで何の番組か解るようになってるし。
形梨愛美、24歳。
長野県に行ったのは結局……まだ、4年前のあの旅行だけ。
私は相変わらず東京の片隅で、せこせこと漫画を描いている。
「あうぅ……ニコチン切れぇー。ちょい、タバコ吸ってきまー」
仕事場では絶対禁煙の掟を守って、アキトがガタリと席を立った。
「あー、私も行くぅ」
机の引き出し、三段目からピアニッシモペシェを取り出して、後を追った。
本格的に陶芸を始めた未季から、久しぶりにメールがきたので、携帯電話をいじりながら。
「せんせー」
「ああごめんね、すぐ帰って来るから」
いえいえ、ごゆっくりとユイちゃんが笑った。
「いつも思うんですけどね」
「うん?」
「こういう、ストーリーってぇ……どうやって思いつくんですか? あたし、せんせーの作る話すごいなーって。凌辱系の話でも、絶対愛情の絡みがあって」
可愛いアシスタントさんの言葉に、ふふっと私は笑って。
アキトの待つ喫煙用の小部屋に向かいながら、彼女を振り返らずに、意味の解らない答えを返す。
「愛なんて、飼い殺せ」
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