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サアサアサア……
清流にのって。
みるみるうちに、ガクが流されていった。
「お別れ、だね」
アキトが、それを見ながらマルボロをくわえて、火を点けた。
「やっとあたしから解放されて、ガク喜んでるかな」
「知らないけど」
小石が転がっている川の渕に近づいて、アキトは遥か下流を遠い目で眺めている。
「愛美は解放された?」
優しい、優しい、少しだけ潤んだ声。
不意の問い掛けに、あたしはすぐに答えられなくて、曖昧に微笑んだ。
「ん、多分ね」
「無理して笑うコトないよ」
「笑って見送るって、決めてたから」
意地っぱりだなぁ、そういうトコ嫌いじゃないけどね、と。
アキトは、すぐ隣に立ったあたしの肩を抱いて、震える背中を撫でる。
「マルボロ、一本ちょうだい」
「強いよ?」
知ってる。
いつか、ガクの吸っていたタバコ。
あの時は、あまりの強さに気持ち悪くなってすぐに消してしまった。
「……ん。ありがと」
「川は汚さないよーにね? ほら、空きカンあるからこっちに捨てて」
「えへへ。お線香の代わり」
「同じく」
ふ、と。
抱かれている腕の香りの名前を……やっと思い出して、思わず呟いていた。
「BVLGARIの、ブルー」
「ありゃ? バレちった」
「わざとなんでしょう」
くらり。
ニコチンの強さに、立ち眩みがして。
あたしはアキトに体重を任せて、空を見上げた。
「…………ああ……」
曇り空。
どんより、重くたちこめた雲の切れ目から、一筋の光が降りそそいでいる。
アキトが、あたしの視線につられて天を仰いだ。
「ヤコブの梯子……か……」
「綺麗だね」
「まあ……ただの自然現象だけどねぇ」
だけど。
あたし達は、いつまでも。
手にしているタバコが、自然に消えてしまうまで。
何の言葉も交わさずに。
空から、地上のどこかへ続く美しい階段を、寄り添い合って見つめ続けていた。
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