雲に、身をまかせて

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その日、 珍しく父さんが、 僕を風呂に誘った。 父さんは何もしゃべらない。 自分から誘っておいて、と思いながらも僕はうれしかった。 父さんと風呂なんて本当に久しぶりだからだ。 太い骨、 筋肉で盛り上がった肩。 子どもの僕とは、 まるで違う父さんの身体。 広くて、分厚い背中を石鹸で泡を作りながら、丹念に洗ってあげる。 力いっぱい込めて、 上から下へ。 たまには右から左へ。 ゴシゴシと、 靴を磨くように。 父さんの背中は広いなぁ。 僕も大きくなったら父さんみたいな背中になるのかな。 汗を流すための風呂なのに、 僕の額からは大粒の汗が吹き出る。 泡と背中が擦れる音だけが風呂場に響く。 動悸がしてきて、たまに手を休める。 父さんは、まだ何も言わない。
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