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今は昔、遥かなる悠久の時を遡った頃。
丹波の国の大江山に、上皇に仕える池田の中納言の幼い娘が、療養に来ていた。
娘は体が弱く、満足に話すらも出来なかったが、容姿は見目麗しく、性格も穏やかで、万人に好かれている。
娘が親しい女房と散歩に出掛けていると、一人の少年に出会った。
少年は娘を見ると、顔を赤らめながら話しかける。
「こんにちは」
娘は屈託の無い笑顔を浮かべ、返事を返す。
「こんにちは」
少年は返事を返してもらった事に嬉しくなり、更に言葉を続ける。
「俺、朱鷺(とき)っていうんだ。お前は?」
「これ、少年。橙姫は中納言様の御息女。口のきき方に気を付けよ」
お付きの女房が注意する。
それを娘が手で制した。
「とうひめ?どんな字を書くんだ?」
橙姫と呼ばれた娘が橙(だいだい)の木を指差すと、朱鷺と名乗った少年が楽しそうに声を上げる。
「お前、だいだいっていうのか」
朱鷺は嬉しそうに笑い、改めて橙姫をマジマジと見つめた。
橙姫は恥ずかしそうに俯きながらも、微笑んでいる。
「綺麗……だな」
そう言われて橙姫は、ますます俯く。
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