第一章

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  「ひ、姫様。橙姫様。お待ち下さい」  女房が慌ててついて来る。 「あまり遠くに行かれますとお体に……」  そこで女房は喋るのを止めた。  橙姫の嬉しそうな笑顔を見たから。 「姫様の笑顔久し振りに見ましたわ」  橙姫は笑わないわけではない。  だが、都や屋敷にいる時に見せる笑顔は、どこか寂しげだった。 「ふうっ、分かりました。私も何処までもお供しますよ」  女房は諦めながらも、橙姫に笑顔が戻ったことを、嬉しく思っていた。  その女房の様子を見た二人は、顔を見合わせ、クスリと笑い合う。 「今、笑いましたか?」  女房がジロリと二人を見る。 「うふふ、笑ってないわよ」  橙姫がコロコロと鈴が鳴るような声で、笑いながら女房を宥めた。 「ならいいですが」  女房はそう言うと、自分が羽織っていた衣を、橙姫にソッと掛けた。  女房の甘く優しい香りが、橙姫の鼻をくすぐる。 「ありがとう」  橙姫は柔らかな笑みを浮かべ礼を言い、女房の手を空いている手で握った。  か弱い小さな手を握り締め、女房は願った。  (仏様、どうか橙姫様を幸せにしてくださいませ)  橙姫の病は深刻だった。
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