54人が本棚に入れています
本棚に追加
「ひ、姫様。橙姫様。お待ち下さい」
女房が慌ててついて来る。
「あまり遠くに行かれますとお体に……」
そこで女房は喋るのを止めた。
橙姫の嬉しそうな笑顔を見たから。
「姫様の笑顔久し振りに見ましたわ」
橙姫は笑わないわけではない。
だが、都や屋敷にいる時に見せる笑顔は、どこか寂しげだった。
「ふうっ、分かりました。私も何処までもお供しますよ」
女房は諦めながらも、橙姫に笑顔が戻ったことを、嬉しく思っていた。
その女房の様子を見た二人は、顔を見合わせ、クスリと笑い合う。
「今、笑いましたか?」
女房がジロリと二人を見る。
「うふふ、笑ってないわよ」
橙姫がコロコロと鈴が鳴るような声で、笑いながら女房を宥めた。
「ならいいですが」
女房はそう言うと、自分が羽織っていた衣を、橙姫にソッと掛けた。
女房の甘く優しい香りが、橙姫の鼻をくすぐる。
「ありがとう」
橙姫は柔らかな笑みを浮かべ礼を言い、女房の手を空いている手で握った。
か弱い小さな手を握り締め、女房は願った。
(仏様、どうか橙姫様を幸せにしてくださいませ)
橙姫の病は深刻だった。
最初のコメントを投稿しよう!