―魔封師転生―

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見返しには数多の貸本屋の印が押されており、おそらくは刊行されず、密やかに読まれたであろうことが如実に現われている。 手擦れの激しさの割りには最前書いたかのような墨跡。実に不可思議な書物である。 ―夢か現つか現つか夢か―はてさてその内容とは… 頃は文化と元号が変わる、十一代将軍家斉の治世。日本の周辺には諸外国の船が現われ、そろそろきな臭くなってきた享和四年文月半ばの丑三つ時、黒雲立ちこめる深川の百万坪に怪しい影が蠢いていた。 この百万坪は、取り締まりから逃れた遊女が三カ月三味線を引いてドンチャン騒ぎしても気付かれなかった、人気のない埋め立て地であり、付近には四谷あたりの浪人者が惨殺した妻の亡霊に悩まされた隠亡堀がある、といういわく付きの土地である。 「ようやっと元服かい。」影が呟く。折しも月を覆っていた雲が切れ影の正体を照らしだした。破れ笠をあみだに被り、手にこぶこぶの杖を携えた異形のモノ。名を「白粉婆」という。幾星霜重ねたであろう、深い皺を分厚い白粉に隠した老婆の姿をした妖怪である。「何とか間に合ったかのぅ」。低く洩らすと闇に溶けた。
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