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 「我等には特に有能な執事が必要だ」  カレルレンの妹、マルリィは自室のソファに身を沈めながら、遠い過去となってしまった父の生きていた頃におもいをはせていた  (レイモン…わたしが大好きだったレイモン)  マルリィにとっては父であり、よるべなき闇の眷族を統べる高貴とされる古い血筋のひとりである伯爵は、レイモンを自慢にしていた  素晴らしい金色の毛並をした人狼の執事  トランシルバニアの古い血統  逞しくしなやかで、その立ちい振る舞いに一片の隙もなく誤ることがなかった  レイモンは常に父が望むものを知り、一族の繁栄の為だけに努めていた  (完璧だった)  それこそ、伯爵がもっとも望んだことであり、一族の執事にふさわしいと考えるものだった。  そして、レイモンは美しかった  欲情をかきたてられるほどに (兄さま以外で男の人を美しいと思ったのはレイだけだったもの)  聖なる者の手である十字架の使徒が何度あの城を襲ったことか  父は戯れ以外で使徒を相手にすることなどなかった (いえ、する必要がなかった、だって)  人狼の執事 レーモン・トラクールが悉く斥けてしまうからだった 【そう、レイはとても有能だったからね】  カレルレンの意識が応えた  兄はその強大な意識を隠そうともしない (十字架の使徒に気づかれでもしたら…)  そこまで考えてマルリィは、自分の心配が杞憂に過ぎないことにおもいあたり微笑んだ 【そう、誰が僕を傷つけられるというんだ】  確かに今の惰弱な使徒共に兄に挑むほどの強さをもった者などいまい (でも…)  マルリィは杞憂とわかっていても、また不安の欠片にとらわれてしまうのだった  かつての父もそう思ってはいなかったか  兄の意識は消え去っていた  まるでとるに足らない戯言だと云わんばかりに  闇に咲く真紅と讃えられた吸血鬼の令嬢マルリィ・ド・バスタラールは、それでも憂えずにはいられなかった (レイが倒れるまでは皆幸せだったわ… 兄さまは気づいているのかしら 今の兄さまがお父様そっくりだってことを… 金狼のレイのかわりに銀狼のルヴォー…)
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