898人が本棚に入れています
本棚に追加
……畜生っ。なんだこの狸みたいな生き物は……。これじゃあ、同じテーブルにいる、俺たちも目立つだろう!
盗みの常習犯である、リーダー格の男は、焦っていた。指示通りに、本を集め、後は持ち出すだけの、何時もと同じ簡単な作業だった筈なのに、突如表れた狸のお陰で身動きがとれなくなってしまったからだ。
「……なあ、ヤバくね?俺達、みられてるぜ?」
仲間の一人に、言われ男はカッとなる。………そんなの言われ無くても、分かってるっ!!今、それを考えていた所だろっ!脳の無いヤツは黙ってろっ!思わず叫びそうになるが、そうもいかないので、男は言葉を飲み込むと、冷静に言った。
「……出よう。今なら、視線に耐えきれなくて、出たと思われる。……恥ずかしそうにしながら、立ち上がって、そのまま入り口に向かうぞ。」
男は、的確に指示を出すと、横の席に置いてあった、鞄に手をかけて立ち上がろうとした。
「こらっ!天狗(てんこう)!こんな所に居たのかっ!!」
耳に心地いい歯切れの良い低音の声が、男の動きを遮った。男は、声のした方向を見ると、銀縁眼鏡のとても背の高い、今までみた事のない、美形の青年が立っていた。………すげえ…。先程の仲間が、ゴクリと喉をならす。
「済みません。私のペットが、お邪魔しまして。さあ、行くよ?」
青年が、優しげに声を掛けると、狸は何故か不機嫌な顔をした様な気がした。
「ご迷惑おかけしませんでしたか?」
青年が男に話しかける。
「あ……いえ……。」
落ち着けっ!相手は男だっ!
「そうですか。…………ところで。」
…………!!青年の雰囲気が一変する。先程まで、フワリと暖かい空気を醸し出していたのに、まるで、首筋にナイフを突き付けられた様な冷ややかな、空気へと変わった。
「そちらの荷物。貴方がたのではありませんね?」
「!!」
男は、驚きの表情を隠せなかった。………なぜっ?!この男が、袋の中身を知っている?!
「そちらの本は、私のお爺様が寄贈した、希少価値の高い本です。………返して頂けますか?」
返して頂けますか?と、丁重に言いながらも、青年には、有無を言わせない迫力があった。
この青年。勿論、秘書の法樹 宗である。
最初のコメントを投稿しよう!