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静まりかえった室内。その中で、香ばしい薫りのアップルパイを、切る音が響き渡る。
「八朔。ワシはこの大きめなところが良い。宗、お茶は渋目の緑茶を入れろ。」
「随分態度のでかい、狸だな。狸汁にして食うぞ。おら、一回温め直したから、カスタードソースとバニラアイス付けて、食え。」
「おうよ。ワシは美味い物には目が無いんじゃよ。八朔の嫌味も関知せずじゃ。狸汁にしても良いが、灰汁がすごいぞ?そこまでして、食わんでも良かろう。」
以前の狸なら、狸汁と言われただけで、文句を言っていたが、最近では慣れたのか、嫌味を返す余裕まで、出てきた。
「薬嗣っ!てめえっ、カスタードソースとバニラアイス付けてから食べろって言っただろっ!!」
「なんだよー。どう食べようと、俺の自由じゃねえかっ。なあ、宗。」
薬嗣は、先程から押し黙る自分の秘書を見た。何時もなら、他の人間と仲良さげに喋るだけで、睨まれたり、嫌味言われたりするのに、珍しく黙りだ。
「おいおい。人に助け求めるな。秘書のにーちゃん、どうだ?美味いか?」
八朔も、何も喋らない秘書に気を使ったのか、話し掛ける。
「……これは、バターの練り込み方が違うのか?ソースを掛けても、パイ生地がサックリとしている。いや、それよりもこのソース。酸味の強い林檎の味を巧く、引き立てていて、それでいて、ソースの味も負けていない……。そして、林檎の……。」
………黙っているかと思えば、なんて事はない。小さな声で、絶品アップルパイの分析を行なっていた。
「すまんな。八朔。こやつは昔から、料理が得意での、自分が作った物より、美味い物に出会うと何時もこうなんじゃ。しかし、食い道楽の小僧が、絶品と言うだけの事はある。美味いっ!!ワシャ幸せじゃあ。」
狸が目を細めて、誉め讃えると、八朔も笑顔で、言葉を返した。
「そりゃあどうも。俺も、喋る狸に出会えて幸せだな。改めて自己紹介、俺の名前は、月草 八朔(つきぐさはっさく)大学からの薬嗣との知り合い。ここの図書館の館長をやってる。よろしくな。」
宗に代わってお茶を狸に手渡す笑顔は、初めて見た時からは想像できない、人懐っこい笑顔だった。
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