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「ねえねえ」
時刻は八時を過ぎていた。年に一度の夏祭りの興奮は夜が更けてもなかなか冷めやらず、紺や赤などの着物を着た人々が、カラフルな蟻のようにうごめいていた。
その中で、まるで列をはずれた天邪鬼な蟻のような少女が一人、人の流れに逆らってうろうろと縁日の中をさ迷い歩いていた。おそらく小学校に入ったばかりであろう年頃の少女は、着物を着ておらず、無地の半そでに半ズボンという何とも素っ気ない服装だった。手には、あまり彼女に似つかわしくない、携帯電話のようなものを持っている。
「ねえねえ」
彼女は行き交う人々の袖を次々と引っ張り、ただひたすらに甘えた声でそう語りかけていた。だが、誰もが祭りの雰囲気に夢中になり、少女に構おうとする者は一人もいなかった。怪訝な顔をして彼女を一瞥するもの、「可愛いねえ」と言ってそのまま立ち去っていくもの、引っ張られていることすら気付かずに去っていくもの、様々だ。
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