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今でも覚えている
最後に見た、母の悲哀に満ちた瞳の色
温かな手の感触
今でも、覚えている
不気味に嗤う赤鬼の醜悪な姿
そして
己の額に灼き付くような痛みを伴い、埋め込まれた、呪いの珠の輝きを――――
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何気なしに、額の宝珠に指先で触れる。
硬くて冷たい感触が伝わってくる。
暫くそのままでいたのだが、フゥと小さく溜め息を吐くと、ゆるりとした動作でその場に仰向いて大の字に寝そべった。
身に纏っている剣士の鎧が、それと同時にガシャリと音をたてる。
此処は縁側。
程よく暖かい日差しが差し込み、目前の小さな庭園では雀が囀っている。
その囀りを聞きながら、彼は双眸をゆっくりと閉じた。
彼はその名を、花房斎蔵(ハナブサ サイゾウ)という。
この小さな武家屋敷の主で、花房家の初代当主なのである。
燃えるような紅い髪と瞳、男にしては白い肌。
しかし体格は立派なもので、どちらかといえば大男の部類に入るのだろう。
斎蔵はゴロリと寝返りをうつと、小声でポツリと言葉を零した。
「…あー。団子食いたくなってき…」
呟きを言い終わらぬ内に、寝転んでいる斎蔵のコメカミ目掛けて薙刀の柄が垂直に落とされてきた。
ゴン、という鈍い音に次いで、ギリギリと圧迫する音が斎蔵の耳には聞こえている。
突然の衝撃だったが、さして取り乱しもせずに薙刀の柄を押し付けている者に抗議する。
「ちょ、痛い痛い痛いって、志穂ちゃん!お父さん馬鹿になる!」
が、圧迫は弱まるどころか、一層強まってしまった。
頭上から、鈴を転がすような声が降ってくる。
「あら…お父様は既に馬鹿ですから大丈夫ですよ」
やっている事の割には、とても柔らかな声だ。
斎蔵は両手を挙げて降参の意を現す。
「わ、分かったからもう勘弁っ!降参します、ハイ、この通り!」
するとようやく、コメカミを圧迫していた薙刀の柄が退いた。
痛む頭を押さえて、暫くその場にうずくまる。
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