第一章 きっかけ

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店を出たのは深夜の零時を回った頃。 店にいる間に三十件近くのメールを受信した。 睦はその中の三人とメールのやりとりをしているらしい。 中には何度もメールを送ってくる人もいる。 流石に三人とメールをするのは忙しい。 睦は携帯に目を落としたまま両手でキーを押している。 郁は何も話さず睦の隣を歩いた。 郁が返信したのは一人だけ。 年上のフリーターで将来性は感じられないが、最初に送られてきたメールの文句で即決した。 僕なんか買い時ですよ。 睦と二人で笑った。 "いつもの場所"で睦と別れる。 「気をつけてね。また何かあったら連絡する」 そう言って睦は胸元で小さく手を振った。 「うん」 郁はそれから街灯の明かりだけで照らされた薄暗い道を一人で歩き出した。 一人になると胸の中にどんよりと何かが影を落とす。 家まではそんなに遠くない。 いわゆる裏道なので人通りは少なく、妙な静けさがその道のりを長く感じさせた。 二つ目の街灯を左に曲がると下り坂が現れる。 家が四件並んで建っている。 その一番奥が郁の家だ。 家が見えると郁はほっとした。 坂を下りきった時だった。 「かおる」 突然の声に郁はドキっとした。 心臓の音が良く聞こえる。いつもより早いリズムで。 振り返ると、坂道の上の方に人影が見える。 薄暗さの中目を凝らすとそこには恭一の姿があった。 恭一はこちらを見てうっすら笑っているように見えた。 「びっくりした?女子高生が一人でうろうろする時間じゃないんじゃないの?」 「いいんだもん」 郁は胸の中が暖かくなるのを感じた。 さっきまで影を落としていた何かがすっと消えていく。 「かおる、ちょっとドライブつきあってよ」 そう言うと恭一は郁の返事を待たずに背を向けて歩き出した。 郁は自然とこぼれる笑みを抑えながら急いで恭一の後を追いかけた。
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