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彼はその日もいつもと何一つ変わらず電車に乗り込んだ。
同じ時刻、同じ車輌。
周りにいる大勢もまたいつもと同じなのだろうが、彼にはいつも違う顔に見える。
「………」
彼は吊り革に捕まり人混みに押されながら、ずっと同じ方向を見ている。
彼には周りの大勢を頭に認識しておくことは難しい。しかし彼の視線の先にいる女性。彼女の事はいつも覚えていて、毎日この時間、彼女の事だけを見ていた。
その目を見れば彼が正常ではないことはすぐわかるだろう。
しかし同じ車輌にいる大勢にとっても、周りの人間はただの風景のようであり、それぞれ自らの空間を作っていて周りとの干渉を個々人全員が拒んでいるようだった。
この風景は次の日の朝も同じで、いつもと変わらぬこの流れの中で、ある一人を除いては周りの者は彼の異質を感じ取る者はいなかった。
だからこそ次の日に起こった惨劇に対して、その異様さは覚えていても、事件の中心にいたはずの彼の詳細な印象を覚えている者はいなかった。
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