プロローグ

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6月の、梅雨らしい雨の降る日のこと。 受付の窓口に備え付けられたテレビでは、ニュースキャスターが雨はあと3日ほど続くと言っている。 荒島 淳子(あらじま じゅんこ)は思わず溜め息を漏らした。 今月で28歳を迎える彼女は雨をつくづく嫌っていた。 雨の降る、このどんよりとした、そしてこのジメジメとした環境の中に居ると、自分の気分までもが暗く、どんよりとしてしまう。 だから、雨の多いこの時期は、1年の中で最も憎らしい時期であった。 しかし彼女の誕生日もまた6月であるというのは、一種の運命なのか。それとも神の気まぐれなのか。 淳子はそんな思いを捨て切れないでいた。 この三谷銀行の受付嬢に就職してから早5年。彼女は実に様々な人を見てきた。 一気に何千万もの大金を預けにきた人相の悪い男。婚約相手に指輪を買うためか、満面の笑みで数百万引き出しにきた男。はたまた何を喋っているか全く分からない外国人女性…。 みな様々な人生を歩んでいるのがわかった。銀行の受付嬢になると、そのそれぞれの人生の一部を垣間見ることが出来る。 彼女は、それをいつしか楽しむようになってきた。 今の時刻は午後1時15分。外では昼間だというのに、夜みたく薄暗く、雨が引っ切り無しに降っている。 今日はどんな生き様が見れるだろう……。 と、机上で顧客のファイルを整理していた淳子の耳に、入口の重いガラス戸の開く音が飛び込んできた。 同時に外の雨の轟音が店内に響き渡り、冷たく、じっとりとした外気が従業員や客の肌にまとわりつく。 淳子はそちらを見、目を見張った。 入ってきた男は、こんな天気の中、傘をささずに来たらしく、スーツ姿の体は全身びしょ濡れだった。 しかし、驚くべきはそれよりも、男の顔であった。 その顔は青白く、血の気が一切失われており、墓場から蘇ってきた死人さながらであった。 40代らしきその男の顔はまるで百歳の老人のように老け込んでおり、息を弾ませながら、輝きを失った目でこちらを見ている。 そしてその右手には……… 右手には……… 「強盗よ!!」 淳子は思わず叫んだ。いや、淳子でなくても誰でも叫んでいただろう。 男の手には、黒光りする長い猟銃があったのだから。 彼女の突然のすっとんきょうな声に、銀行内の従業員はもちろん、受付の前に並べられたシートに座っていた数人の客も、驚いてその男を見た。
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