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学校を出てからどれだけ時間というものが経っただろうか、母親という人の声帯から空気の振動が発せられることは、まだない。
もちろん僕も口を開くことはなく、ただ黙って歩いていた。
お母さんは今、何を考えているんだろう。
きっと僕のことなんか考えていないんだろうな。
東京都心部、それでも路地をいくつか入ればマンションやアパートが並ぶ住宅街だ。
夕陽になりかけた太陽が、僕とお母さんの背中を照らす。僕の歩く先には、微妙に離れた二人の影がいやみたらしく強調された。
大通りに出て、お母さんはタクシーを止める。
嫌な匂いのするバッグ開け財布を取り出すと、お札を僕に渡して言った。
「これで夕飯何か食べてね。じゃ、お母さん仕事行くから」
それからお母さんは、僕を一度も見ることなくタクシーに乗り込んだ。お金を渡したことで僕とのすべての縁を切ったように。
ドアの強く閉まる音が、僕の体を少し震わせた。
タクシーは強引に車の流れにのると、放たれた魚のようにスイスイと泳いで行った。
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