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10年近く前に別れた彼氏をテレビの中で見付けた。毎日何気なく見ていたニュース、そんな中に見知った顔を見ることになるとは。連続婦女暴行殺人事件、その犯人として彼は居た。
最初の事件は1年ほど前。それから半年間、二月置きくらいに一人ずつ、4人もの女性を殺害している。よくもこれまで捕まらなかったものだ。5人目の被害者となった女性が何とか彼の自宅から逃げることが出来たため、事件発覚に到ったのだそうだ。
遺体はいずれも破壊の限りを尽くされ、顔も原型も留めていなかったらしい。性的暴行の跡も有るようだ。ニュースには犯罪心理分析だか何だかの専門家も出ていて、彼について性的欲求が高まると破壊衝動を覚えるタイプだったのではないかとコメントしている。
私は、現実感もなくぼやけた頭でそのニュースを見る。怖いと感じるより、酷く驚いた。意外だ、とも思った。彼は性的なことに関してはもの凄く淡泊だったように思っていたからだ。彼にそんな一面があったとは俄に信じがたかった。
ごろりと横になり、目を閉じて思い出の中の彼をなぞる。高校時代のぼんやりとした記憶、私は彼に暴力を振るわれたことが有っただろうか?
無かった、と思う。多分一度も無かった。彼は繊細そうで大人しいタイプだった。性的な行為に及んだこともあったけれど、彼は優しかったように思う。乱暴に行為を強いられた事も無かった。
過去のことなので美化が入っているのかも知れないが、記憶の中で彼は私をとても大切に扱ってくれていたように感じた。私たちはお互いに初めての恋人同士だったのだ。
私は考える。私はとても愛されていたのだろうか。それとも愛されてなかったのだろうか。何となく、前者のように思う。あのころの幸せな記憶が全部、嘘だとは思いたくない。例え愛されてはいなかったとしても、彼は間違いなく優しかった。それは事実だ。
逮捕時に彼は自らの首をナイフの様なもので掻き切り、ショック死したという。不意に涙が出た。これは何の涙だろうか。10年前の忘れ物だろうか。殺人事件なんて恐ろしい出来事でこんなにメランコリックになっている自分が不謹慎だと思ったけれど笑わなかった。ただぼんやりと涙を流し続けた。そしてそのことに飽いたらきっとまた忘れるのだ。今日のように、いつか思い出す日まで。
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