開幕

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走り込んだ家の中には曾御祖母樣が居らっしゃいまして、血だらけの私の顔を見て驚いた顔を致しました。嗚呼、その大きく開かれた御眼が私の罪を全て見透かして居る樣で…私は怖くなり泣き出しました。いつまでも泣き続ける私を見て、曾御祖母樣の御顔は優しくなり、私の小さな体を抱き締めて下さいました。私は曾御祖母樣のその血管の浮いた腕の中で何遍も何遍も繰り返し繰り返し   「私は悪い子だ。閻魔樣に舌を切られる」   と叫び続け、ヒステリイの樣に頭を震わせて居ました。ですが、そんな氣違いの樣になった私の背を曾御祖母樣は優しく撫で続けて下さいました。彼女のその獣地味た温もりや、その生命の鼓動が私をどれだけ慰めてくれたでしょうか。彼女は私のあの残酷な罪を咎める事無く私を包み込んでくれたのです。私は余りの自分の情けなさに恥ずかしくなり、涙が枯れ果てても曾御祖母樣の腕の中でぐずぐずして居りました。   「婆樣、私は悪い事をしたのです。私は汚い心の持ち主なのです。」 「良い…良い…世の人は人を殺めたり盗んだりしても自分のその罪を咎める事無く平然として生きて居るのだよ…貴方は自分の罪を咎め、苦しみ、自分を恥じて居るではないか…貴方は綺麗な心の持ち主ですよ。」   曾御祖母樣はそう言って私の背を撫でて下さいました。嗚呼…どうして人は神等と云ふ生き物を作り偶像崇拝し、その偶像を巡り殺し合うのでしょうか…人々は許しを乞う対象を見出だせないのでしょうか。背を擦ってくれる人は居ないのでしょうか。私はそんな憐れな人を思い、仕合わせな自分を思い、胸一杯の張り裂けんばかりの想いになりました。   その夜私は曾御祖母樣と同じ布団で眠りました。
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