開幕

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その夜御祖母樣の家で食事をする事になり、私は隣りの部屋でテレビを見て居りました。時間が経ち食事の準備が整いますと、御祖母樣は私に曾御祖母樣を呼ぶ樣に言いつたのです。曾御祖母樣の御部屋は長く暗い廊下の先に在ります。私は一人でそこまで行かなくてはいけません。私は憂鬱な心持ちで廊下を歩いて居りました。最前も申しましたが、御祖母樣の御家は大層辺鄙な田舎ですので、夜の寒さと云ったらありません。廊下はまるで刃物の樣に鋭く冷たく私の足を傷付けます。私はだんだんとその冷たい廊下が恐ろしくなり、何かに追われて居るかの樣に全力で走りました。そして曾御祖母樣の御部屋へと着いて、扉を開ける事無く食事の準備が整った事だけ告げてまた走って帰りました。   その後の夕食は更に憂鬱な物でした。曾御祖母樣と一緒に卓を囲み食事をするのは余りにも憂鬱で、私は御飯もろくに食べずその場から逃げ出しました。ただただあの御人が恐ろしいかったのです。あれではまるで人間ではございません。生きて居る人間の匂いも温かさも私は曾御祖母樣からこれっぽっちも感じる事ができませんでした。   それから月に何回か御祖母樣の家に行く度に私は曾御祖母樣を呼びにあの冷たい廊下を走らなくてはなりませんでした。私は曾御祖母樣と同じくらいに、その冷たい廊下を恐れて居たのです。たった一人で走らなくてはならない森閑とした闇に包まれた冷たい廊下を私は曾御祖母樣と同じくらいに恐れて居たのです。足は赤くなり、感覚が無くなってしまっても私はその廊下を全速力で走りました。歩いてこの廊下を行く等、どうして出来たでしょう。そして私はその先に待ち構えて居る、あの人間の匂いがしない森閑とした部屋に行かなくてはいけないのです。一回だけその部屋の扉を開けて曾御祖母樣を呼んだ事がございました。その時見た物は…嗚呼…白く安い輝きに照らされた曾御祖母樣の御顔でした。私はその御顔を見て以来、二度と扉を開けぬ樣強く心に誓ったものです。
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