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たとえばその森を鷹の目を通して空から見たとしたら、山々に囲まれて、エメラルド色に茂った広大な森林の中心に、ぽっかりと小さな半月状の人工的な庭と小さな丸木小屋が見えたかもしれない。
朝、陽光が山の斜面を駆け登り、山頂を経て駆け降りて来ると開いた木戸の窓から、少年の眠るベッドに朝の新鮮な光が注ぎ込まれる。
瞼に明るさを感じて、少年は大きな欠伸をした後にベッドから跳ね起きた。
「よっ…と!」
少しクセのある栗色の長髪を無造作に束ねて、綿の寝間着に腰帯を巻く。
そして、十四・五歳の少年が手にするには随分と大きな剣を鞘ごと背中にくくりつけ、脱兎のごとく厨房へ向かう。
「美味そうな匂いだね」
髪と同じ栗色の目を輝かせた少年の視線の先には、女神像がにっこりと微笑んで立っていた。
「おはようリオ。今日は早いね」
竪琴のような透き通る声の持ち主は妙齢の女性である。
淡い若草色の髪をふわりと揺らし少年に近づくと、深い緑色の瞳に微笑を含ませて真っ直ぐに少年を見つめた。
「おはようグウィネス今日はいい天気だ」
木を削り出しただけの簡素なテーブルの上には、朝食にしては質も量も豪華な食事が並んでいた。今までも彼女のつくる料理の味に不満など唱えようもなかったが、今日のメニューはそれにしても豪華だ。
熱い豆のポタージュに、生野菜の上に冷たく仕上げた鶏肉を載せて甘辛いソースで味付けした前菜。
厚みのあるラム肉を柔らかく焼いたステーキ。
添えてあるのは、根菜類をあえて歯ごたえを残すように煮付けたガロニ。
ガーリックが香ばしく薫る焼きたてのパン。
冷やした山葡萄と乳脂を柑橘類で甘く固めたデザートまであった。
テーブルに並んだ料理の材料は、その殆どが彼等の畑で自家栽培されたものだった。
肉も牛や羊の肉を除けば、この森で調達できる。
鶏も放し飼いにして数羽飼っているから、卵料理にも困らない。
ただ、パンを作る小麦粉や、バター、チーズや肉の燻製などは、ここで作る事が出来ない為、時々グウィネスが街から調達してくる。
そんな生活だから、味付けは美味でも、食材は極めて質素なものであった。
それが、今日は誕生日でもないのに夕食より遥かに豪勢な朝食である。
「今日はいつにも増して豪華だね。何か特別な日なの?」
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