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序章
昇陽の朱に染まった戦場には風も無く、大量の人血を飲み込んだ大地には、そのむせかえりそうな臭気と、どうしようも無いほどの無情さがあふれていた。
おびただしい数の屍の中、小高い丘の上に二つの武装した人馬の影が立つ。
人馬の影の片方から声が発せられる。
「俺はこんなものを望んでいたんじゃない……俺は……」
まだ、二十歳をいくつも過ぎていないであろう青年の、まるで弦楽器が紡ぎ出したかのような寂しげな声が、この戦地に勝るとも劣らない空虚さで小さく響いた。
「王よ……」
りんと響く透明感のある女性の声がやはり戦場に小さくゆっくりとこだまする。
「王よ……これまでの道は、この日のために通らざるを得なかった……そう……赤く染まった茨の道でした……しかし、今日より先が本当にあなたの求める時代となりましょう。」
王と呼ばれた青年はその言葉だけで、気を取り直したのではなかったが、ふと振り返って右手に握ったままの血塗られた大剣を大きくゆっくりと天に掲げ大音声に叫んだ。
「俺は今日と言う日を忘れない! もしも闘いの神々がこれより先も人の血と命を欲するというのなら、俺はその神々と闘おう! この地に平和と幸福の鐘を鳴らそうぞ!」
その瞬間、彼の後ろに控えていた幾千もの人馬の影が、広大な大地を揺るがさんばかりに大歓声をあげた。
歓声は大きな音のうねりを作り出し、それは果てしなく続くようだった。
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