月光

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これは、まだ俺がガキだったころの話だ。 南仏にある俺の家は、比較的裕福な酪農家であった。 豪農というほどではないが、二桁に届く牛と数人の雇い人。丘まるまる三つはうちの土地であったし、界隈にうちほど大きな牛小屋のある家はなかった。 お坊ちゃまと呼ばれておかしくない境遇で俺は育った。 そんな俺にとって、世界は歳の七つ離れた姉を中心に動いていた。 姉はいわゆるラベール(La belle・美人の意)に分類される女だった。 よくあることだが、このテの人種はたいてい二種類に分別される。花も恥じらう清楚なオジョウサマか、神も畏れぬ魔性のどちらかだ。 そしてこれもよくあることだが、最悪なことに姉はその両極端の両方を兼ね備えていた。 例えば、昼間には女神のように優しく微笑みながら、俺の頭に花飾りを乗せる。そして夜になると、その花飾りを枯らしたかどで鼻血が出るまで殴りつけられた。 翌朝は寝癖が直らないといって部屋にひきこもった。 “山親父”と怖れられる厳格な父さえも、気を使って扉のそばを通ることさえできない。『部屋に入ったら舌を噛んで死ぬ』なんて息巻かれた日には、そうするしか手はないだろう。 夜になっても出てこない姉を心配した母が恐る恐る部屋に入ると、悲劇を読んで泣いていた。 自分の感情を絶対的な最優先事項として周囲に認めさせてしまう。 姉は、そんな女だった。 姉は神様であり、悪魔でもあり、自然の猛威であると同時に恵みでもあった。 世界はきまぐれな女神を中心に回っていて、俺はその他のありふれたちっぽけな生き物でしかなかった。それは理不尽なことでもなんでもなく、蝉が一週間しか生きられないのと同じで、当然の自然の摂理だった。
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