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そんな、不条理にも幸福な子供時代が、やがて終わりを告げるときがきた。
草色の夏が終わり、秋の赤色も色褪せ、雪の白色が始まる季節の直前に
運命の日は、俺の12才の誕生日前夜に訪れた。
夜中の物音に目を覚ました俺は、その正体を確かめるべく毛布をはねのけた。
たちまち、殺意を帯びているとしか考えられない熾烈な冷気が、貧弱な子供の上体を引き裂かんばかりに襲いかかった。
いつもなら、鼻を啜りながら急いで布団の中に逃げ込んだことだろう。だがなぜか、その夜に限っては体のことなどかまわず、2・3秒の硬直の後に十月の気温の中を歩むに至っていた。
木板に足を下ろすと、皮の薄い足裏に、針を踏んだような痛みが走った。とにかく痛がりだった子供の俺には、この世のちょっとしたこと一つ一つが地獄の産物だった。
これは耐えられない、とおもった俺は、履いてきたはずのスリッパを探した。
ところが、見つからなかった。ベソをかきながら頭を逆さにしてベッドの下を探したが、絶対不可欠なスリッパはやはりなかった。寝る前には間違いなくあったはずのものが、どういうわけかいくら血眼になっても、影も形もなかった。
しゃっくりあげながらも、俺は凍結地獄に足を踏み入れた。目にたまった涙を拭き拭き、床の上に比べれば天国のようなベッドに戻ろうという考えには至らなかった。
おそらく、俺はそうしなければならなかった。足元をはじめとする残虐なまでの冷気にいためつけられながら、俺は歩みを進めていかねばならなかったのだ。
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