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物音は姉の部屋から聞こえていた。
俺の寝室と並んで二階にある、ほんの10ヤードも歩けば辿り着けるところに、姉の部屋はあった。
だが、脆弱な子供の体でありながら、霜のふる寒さの中を10ヤードも歩くなんて、過保護な母親が耳にしたら髪を掻き毟るような話だ。
なにせ、夜にトイレに行って風邪をひかないよう、ベッドの脇に尿瓶まで用意されていたぐらいだ。
子供の俺には、寒い夜中に部屋を出るなんてもってのほかのタブーだった。
それにしてもなぜ、俺はそこまでして姉の部屋にいかなければならなかったのだろう?
実のところ、わからない。
姉は先述のとおりのヒステリー持ちだった。こんな夜中に部屋に入ろうものなら、大変なことになることが予想された。
仮に機嫌が良ければ、『悪い夢でも見たの?しょうがない子ね。こっちにいらっしゃい』とばかりに抱きしめてくれるだろう。
ただしその逆だったなら、顔面めがけて燭台が飛んでくるかもしれない。
いかなる奇怪な物音が、俺を抱擁と燭台との二択に挑ませたのだろう?
実のところ、それさえ覚えていない。
もしかしたら、音なんて最初から聞こえてなかったのかもしれない。
たまたま意味もなく目を覚まし、気でも違ったのか姉のところに行かなければという考えに、まるで発作のようにとりつかれ、それは氷針の上を歩いてでもなしとげなければならないことだった…
まるきり矛盾にまみれてはいる。なんとも説明のつかない不可思議だ。
それでも、ようやく着いた部屋のドアを開けて見たものに比べれば、それはほんの些細な不思議でしかなかった。
繰り返すようだが、俺は見なければならなかったのだ。
ただ、見なければならなかったのだ。
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