湿地の老婆。

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どこの土地にも、変わった人物はいるものだ。 ゴミでバリケードを作る者や、大量に猫を飼う者。 私の故郷にも変わったばあさんがいた。 一目で、庶民とは違うと思わせるきらびやかな洋服に身を包み、品のいい言葉遣いの素敵な「おばあさま」、家は市役所のすぐ裏にある絢爛豪華な洋館で、正に「おばあさま」といった感じの人だった。 その「おばあさま」のどこが変わっているのかというと…そんな豪華な家があるにも関わらず、いつも町外れの湿地帯に白装束で現れては何かを叫んでいる事だ。 それはそれは、あの身体のどこから出ているのか、見当もつかない程の大声。 にも関わらず、その言葉は発音する事も、文字にする事も不可能、とにかく形容できない言葉を発しているのだ。 町の人間が何をしているのか尋ねると、決まって 「ただのおまじないですよ。世界が平和でありますように、と祈っているんです。」 と答えた。 確かに、今の世の中は、しごく平和で常に地球のどこかで戦争が起きていた数世紀前からは考えられない程だ。 この国は鎖国中だが、他の国の情報は垂れ流しだ。 町のみんなはこの「おばあさま」が好きだった。 誰にでも優しくてさ。 そんな「おばあさま」だが、ある日を境に姿が見えなくなった。 町では色んな噂が流れた。 自殺したらしい、いや親戚筋の男に殺された、実は某国のスパイだった…etc。 あの「おばあさま」が何者だったか、そして、なぜ突然いなくなったか、という2つの疑問について私だけは明確な答えを知っている。 あの「おばあさま」は、殺された。 この件に関しては「誰かが殺した」のではなく、「誰もが殺した」と言えるし、逆に「誰も殺してない」とも言える。 あの「おばあさま」が死んだ翌日、世界は一変した。 ミサイルが飛び交い、そこいら中に、原形を止めていないほど崩れた肉の塊が転がり、腕の無い女が裸で踊っている。 すべては「おばあさま」が…
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