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 次の日から、サクラは毎日「隠れ家」にやって来て僕と喋り、日が暮れると自分の病室へ帰って行った。  僕にとっては毎日が新鮮で、人と話す事、人と会う事が、こんなにも楽しい事だとは、今まで思いもしなかった。  そんなある日。 「えぇ~~!? 知らない!?」  彼女のあげた叫び声は隠れ家の垣根をたやすくつきやぶり、小道と小さな池を挟んだ向こう側にいた、庭師のおじさんにまで届いていた。  おじさんは、不思議そうにこちらを見ている。『なんでもないですよ』と僕は笑顔を作って軽く手を振る。 「本当に私の上の名前知らないの!?」  彼女は回りの事など気にせず、一気にまくし立てた。僕が彼女の上の名前を知らなかったのが、余程ショックだったらしい。 「言われた覚えはないよ?」 「まぁ、確かにそうだけど」  彼女は少し呆れ気味だった。実際僕は彼女の事は何も知らない。ただ知っているのは、彼女が車椅子ということだけ。好きな食べ物も、音楽も、生まれた場所も知らない。  僕は、ふと気になって、彼女にも同じ質問を投げかけてみた。 「君は? 俺上の名前は?」  やや長い沈黙。  我慢しきれずに僕が笑った。つられたように彼女も笑った。 「知らない事が多過ぎるね、私達」  寝転んだ彼女が、眩しそうに手をかざして言った。 「あぁ」  僕もそれにならって、体を放り出した。芝生に流れた黒く、しなやかな彼女の髪と、対象的な白い肌に、桜の花からこぼれる薄紅色の光がユラユラと静かに揺れていた。
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