75人が本棚に入れています
本棚に追加
「――好きなんですか?」
「え?」
しかし、唐突にかけられた言葉で、僕は現実に一気に引き戻された。
「桜の花」
振り向くと、垣根越しから覗き込むようにして、車椅子の女の子がこちらを見ていた。
歳は僕と同じ位だろうか?
小さめの顔に高い鼻、透き通る様な白い肌に、肘の辺りまで伸びた黒い髪がとても涼しげで、まるで人形のようなたたずまいがとても印象的だった。
キレイだな。
意外にも、僕に最初に生まれた感情は、眠りを妨げられた怒りでも、知らない人間に声をかけられた疑心でもなく、感嘆の念だった。
「あのっ、えっと……昨日もここにいたみたいだったから」
何も言わない僕に、彼女は気まずそうに、うつむいてしまった。半分寝起きの僕を見て、怒らせたとでも思ったのだろう。僕も彼女も何も言わない。
別に、桜の花が好きだから、ここにいたわけじゃない。ただ、ここにいると何となく落ち着く。
鬱蒼とした病院の中で、この場所だけは心地よい風が通り抜け、桜の木が春先の、少し汗ばむような日差しから守ってくれていた。
僕は、ここで過ごす何気ない時間が好きだった。
「君は? 好きなの? 桜の花」
彼女は少し驚いたように。しかし、とても嬉しそうに言った。
「同じ名前なんだ」
そう言いながら、桜の木を見上げ、彼女は笑っていた。
2004年3月
これが、僕とサクラの出会いだった。
最初のコメントを投稿しよう!