【04.目】

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コーヒーを飲もうと頬杖をついた瞬間、右手の薬指が、瞼に触れた。 たった一夜の愛を交わした彼女のくちびると舌先の感触が蘇えった 。 「一夜の愛」を愛と言うかと問われれば。 「永遠の愛だけが愛ではない、とあの時知りました」と僕は答えよう。 「刹那に燃え尽きる愛」というものが存在する事を二人で見つけた夜。 初めて体を確かめ合った後、彼女の頬の涙をくちびるで掬い取ったら、 彼女は、それに応えるように、僕の右の瞼にキスをくれた。 左ではなく、右の瞼だけを舌の先で、羽毛のように優しく、長い時間をかけて愛撫した。 僕の右の眼球が義眼だと、たぶん彼女は知っていた。 きちんと視力もある、本物と機能的に劣らぬほど精巧なものだが、所詮はニセモノ。そして、僕が過去に犯した大罪の象徴。 本物の右眼は僕の過失の為に失ってしまった、かけがえのない恋人の命と、 我を忘れた僕の手で消された大量の咎無き命の代償に捧げてしまった。 彼女もまた、かけがえのない物を、自らの過失で失ったと。同じ罪を抱えていると言った。 「だからきっと解りあえる、と思った私のことが私、大嫌い」 と、両手のひらで顔を隠し泣きじゃくる彼女のくちびるを、強引にくちびるで塞いだ。 (こんな気持ちはニセモノの愛・・・ただの同情だから) と叫ぶ彼女の心の声を、それ以上聞きたくなくて。 ただの同情でここまで身体張れるか。 小さな柔らかい身体を固く抱きしめながら、僕達二人の心の場所を探った。 彼女の僕への片想いは、度を越えた同情だ。とんでもなく突き抜けた同情だ。 全身全霊で僕の罪と嘘と戒めと、ひた隠しに隠し持っていたバイオレンスさえをも 両手を精一杯広げて受け入れようとする彼女の行為を、 「愛」と呼ばず他に何と例えればいい? たった一人、失った恋人に永遠を捧げようと固く誓っていた僕の心の壁を崩し、 「罪も罰も愛も丸ごと、あなた自身なんだ」ということを。 「そのすべてを、同じ罪を持つ私が許す、総て受け止める」ということを。 指先で、吐息で、涙で、伝え続けた。そして、ニセモノの目に、永い永いくちづけ。 そんな彼女を、否、彼女のいじらしい思いを知って、芽生えたこの思いは、やはり愛だ。image=86857184.jpg
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