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序
拝啓 小木野奏子様
春の兆しを感じる季節となりました。灰色の寒空が続く中、あなたはいかがお過ごしでしょうか。
あなたがいなくなってから何年がたったのでしょう。わたしはあれからぽっかりと穴があいたように毎日を過ごしています。
きっとこんなこと言っても、あなたは疑うのでしょう。でも、この気持ちに嘘はありません。だから、どうか、この手紙を破って捨てたりはしないで。
わたしにとって、あなたは唯一の存在でした。これはお世辞なんかではなく、わたしの本心です。あなたに初めて会う以前から、もうわたしは両親の期待に応え、友人の信頼に応え、教師の願望に応える毎日に息切れしてしまっていたのです。そんなわたしにとって、あなたという存在はとても心地よかった。わたしに期待もしなければ信頼もしない、そして興味さえ持たない、あなたのそういう態度がわたしを安心させてくれました。
でも、あなたはわたしのことが大嫌いだったんでしょうね。あまり話をしてくれなかった。いつも冷めた暗い目でわたしをにらみつけていた。でも、たった一言だけ、わたしに本当の心を話してくれたことがありましたね。そう、この、わたしに。――日常ほどつまらないものはない、と。
当時、わたしはその言葉に大きな意味を感じてはいませんでした。むしろその言葉は周囲に対してのひがみではないかと思っていたほどです。しかし、それは大きな間違いだった。幼い頃の私は本当に鈍感で、どうしようもなかった。あなたは本当につまらなくて、退屈で仕方なかった。だから、いなくなってしまった。
でも、あなたが日常を打破するためにした行為は、本当に、本当に、罪深いもの。今のあなたはそれをよくわかっているはず。
奏子。もうやめにしませんか。いいえ、やめにしなくてはならない。そうでなくては、あなた自身が、小木野奏子という人間が完全にいなくなってしまう。
お返事待っています。いつまでも。
敬具
2月3日 藤原美月
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