伊織の苦悩

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 物心ついたとき、一番最初に殺したのは蟻だった。    日差しに照らされて暑いのに女王蟻のため働き蟻がエサを運んでいた。  そんな蟻の人生をたった一踏みで終わらせた。  近くにいた蟻も同じように踏みつけた。  数秒の間に二つの命を奪い取ったと言うのに何も感じなかった。   巣が近くにあったのか仲間が集まってきて死体を運ぼうとする。  その蟻も踏みつけ、また踏みつけ、踏みつけ、踏みつけ……。    蟻の死骸がたくさん出来た。  その行為に気付いた母親が叱るが命を奪うがいけないと理解できなかった。  だけど怒る母親に合わせて謝った。    その数ヵ月後、虫取網を買ってもらった。  初めて捕まえたのは木に止まっていた蝶だった。  網の中で必死に脱け出そう羽をばたつかせる蝶を見て、踏みつけた。  網に蝶の血がつき、綺麗な羽はボロボロになった。  それでも微かに生きている蝶をまた踏みつける。  それが致命傷となり蝶は死んだ。  見付かると怒られると思い、蝶の亡骸を草むらに放った。    その数週間後、父親が熱帯魚を買ってきた。  水槽を泳ぐ小さな熱帯魚は面白く飽きなかった。  父親と母親が居間でテレビを見ている隙に、網を使って一匹の熱帯魚を水槽から出した。  魚がどうして水中でしか生きられないのか分からず、ピチピチと跳ねる様が滑稽に思えた。  網から捨て、床に落ちた熱帯魚を寝そべって観察する。  しだいに動かなくなっていく熱帯魚に指を当てる。  逃がさないように爪を立てて力を込めると、爪が熱帯魚に食い込む。  痛みで暴れる熱帯魚に一押しすると体が半分に切れてすぐに動かなくなった。  死体を捨てようとゴミ箱に近付いたとき、母親に見られて怒られた。  父親もいい顔をしてくれない。  何故だか分からない。  母親にぶたれた。その痛みで泣きながら謝った。  数時間後には母親はいつもの優しい母親に戻っていた。
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