奇襲

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 屋根を飛び交う伊織の姿は現代の吸血鬼を思わせる。大きなビルの非常階段に着地して、階段を駆け足で上り屋上に着く。   「ふぅーここまで来れば安心かな」    抱えていた亜紀をおろし背伸びして骨を鳴らす。   「気持ちいい風……じゃなくて」    赤く着色された顔をパジャマの袖で拭いて頬をペチペチと叩く。    反応はなく荒い呼吸で息苦しそうな顔をしている。   「……普通の人間だったら致命傷で助からなかったかも」    わざわざ病院という人間を助ける場所から離れたのには意味があった。  彼女は誰にも見られずに亜紀を助ける治療法を持っている。   「『衝動的殺症』の副産物で身体能力は上がったのは、病気せいで脳が変な命令を出したの。その変な命令って言うのが血液中に特殊な物質を作るって命令で、その物質が身体能力を高めてるわけ」    聴いているはずのない亜紀に対してよりも、自分にいい聞かせるような説明だった。  湯気が出そうなくらい顔が赤くなる。   「つまり私の血には身体を強化する力があるってわけで、やったことないけど助けるためには普通の医療よりこっちのほうが助かる確率が高い」    内頬の肉を歯で挟み、迷わず内頬の肉を噛みきる。  口の中には血が溢れ、それを唾と混ぜる。  伊織にしかできない治療法とは、自分の血を亜紀に飲ませることで体内に入った伊織の血が一時的に肉体を強化させることだった。   「た、助けるためだからしょうがなくなんだよ? 初めてでも文句言わないでね!」    意を決して唇と唇を重ね合わせ、更に伊織の舌が亜紀の口を開き唾混じりの血を送る。  すぐに唇を離し、手で唇についた血混じりの唾を拭く。伊織の内頬の噛み傷からはもう血が止まっている。  息苦しいうえに何かを飲まされた亜紀は、本能的に気道を確保するためにそれを飲み込む。  高鳴り始めた心臓に合わせて亜紀の体がビクッと跳ねる。  次第に顔には正気が戻り呼吸が整い始める。   「成功かな。他人にまで作用する私の血っていったい」    改めて自分の異質振りを味わい、いまだ痙攣中の亜紀を抱えて跳躍する。  屋上のフェンスを飛び越え夜の街に姿を消した。
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