最終章

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比喩でも例えでもない。亜紀は純粋に呟いていた。   「化け物?」   腹の口から飛び出した舌が亜紀に巻き付く。 鋭利な爪を万歳のように振り上げる。   「化け物ってなに?」   降り下ろされた爪を小太刀『雪風』が弾く。 その間にナイフ『月白』を舌に刺す。痛みで緩まった舌をスルリと抜けて下がり、確認した伊織も下がる。   「油断しない」   「ごめん。アイツ、今までの『狂犬』とは違う気がする」   「まがいなりにも自我を持ってるみたい。だからって同情するに値しないよ」   「でも」   「でもじゃない!」   伊織に一喝されてしょげる。 『狂犬』の完全体は大きな一つ目をパチパチさせていた。   「化け物……?」   「『狂犬』! 早く殺しなさい!」   「化け物ってなに?」   「知能の低い、醜い姿をしたお前のことよ! さっさと殺しなさい!」   「そうか、バカにされてるのか」   納得する『狂犬』の頭にナイフ『月白』が降り下ろされた。 振り返らずに爪一本で受け止め、頭に開いたいくつもの目が亜紀を見てたち位置を確認すると何もしてない腕で肘うちする。 手で受け止め、力と力の押し合いとなる。   「ヤァァァ!」   『狂犬』の正面から首をはねるように小太刀『雪風』で横一閃。 刃が首をはねる寸前に、腹の口から伸ばした舌を首に巻き付け、首の代わりに舌を斬らせる。 横に振り切った勢いで回転し、今度は頭目掛けての横一閃。 舌が更に伸びて頭に巻き付く。舌を斬ると同時に横っ腹を蹴り、『狂犬』は旧式戦闘機の上を転がっていく。   「やるー」   「二対一だしね。負けることはないよ。一人でも負ける気しないのに……亜紀君が……」   「謝る要素が全く感じないけどごめん」   「いいよ。たまには一緒に戦うのも悪くない……かも」   小太刀『雪風』についた血を振り払う。   「化け物……充分君達も化け物に見える」   立ち上がる『狂犬』の体に変化が起きる。 全身の血管が浮き上がり、脈打つ。   「見せてあげるよ……自我を持つ完全体の力を」   鳥のような足が旧式戦闘機の翼を掴み、握り潰す。 支えのなくなった翼と『狂犬』は落ちる。   落ちた衝撃と音の後に、ピチャピチャと水溜まりを踏むような水気のある音がした。 メキメキ――と、曲げてはいけない方向に曲げる音。   ほのかに臭う――血の臭い。
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