最終章

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「私を幻術にかからないためだけに鼓膜を破ったって言うの!?」   「破っただけの価値はあるさぁ~」   綾子からすれば杙奈は信じられない行動をしていた。 一生、音が聴こえない。先天的に聴こえない人間ならまだしも、後天的にそうなるのは恐怖である。   「亜紀が戦ってくれてるあいだにぃ~済ませようかぁ」   鎖『創鎖』を腕に巻き付け、頼りない足取りで綾子のいる階段まで歩く。 幻術の使えない綾子は常人と変わらない。肉弾戦など容易く成人男性に負けてしまう。 勝算のない戦いから逃げるように階段をかけ上がり、指令室に入ろうとするがドアが動かない。   「あの犬!」   原因は、『狂犬』にあった。 窓ガラスを突き破るための突進で指令室全体の基盤が歪んだのだ。 もともと古い建造物ゆえの、綾子の失態であった。 逃げ道を無くした綾子は、階段を降りようとするがすでに杙奈が階段を登っていた。   「クッ! 『狂犬』! 今すぐ助けに来なさい!!」   旧式戦闘機の胴体を貫いて『狂犬』が飛び出す。 その飛び出した『狂犬』の形に綾子は見覚えがあった。 それは格闘番組でみたアッパーを喰らった形に似ていた。   「オォォォォ!」   後を追うように赤い閃光が『狂犬』にぶつかり、指令室とは反対方向に投げ飛ばす。 赤い閃光は、天井に着地してチラリと後ろを向く。 杙奈が決着をつけようとしている状況を確認すると、『狂犬』に向かって天井を蹴る。 また赤い閃光になって倒れる『狂犬』に、体重を乗せた爪先で踏みつける。   「楽に殺して欲しいか?」   亜紀は、『狂犬』を圧倒していた。 原動力となる怒りに呼応するかのように全身の色が鮮やかに揺らいでいる。   「殺させてあげようか、人殺し」   負けずに口元を吊り上げ、鋭利な爪を振るう。 それを避けるため飛び上がり、倒れる斎藤の横に着地する。   「んん……ん……!」   ムクリと斎藤が上半身を起こす。   「斎藤」   亜紀はしゃがみこみ、助けるように手を貸す。   「亜紀ぃ……?」   「ああ、オレだ。もうすぐ終わる。杙奈が決着をつけてオレが『狂犬』を倒せば全部終わるぞ」   「? ボクが何と決着つけるのぉ?」   泣く仮面が外れて落ちる。 仮面の下の汚れた顔。 その額には丸く焦げた痕が残っていた。   「え?」
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