29人が本棚に入れています
本棚に追加
BGMで流れるジミ・ヘンが、最後の歌詞を熱唱する。
ギターを燃やしたり、歯で弾いたりと、本来の演奏とは違うギミックな演奏の方に目が行きそうだが違う。
リトルウイングや、エンジエルを聴くと、彼の曲のメロディラインの美しくさの本質が見えてくるはずだ。
「ジミヘンが好きかい?」
ふと芽の出ない小説家が、足を止めBGMを聴き入っていると、マスターがそう言ってたずねた。
「ああ。悪いかい?」
マスターが店の奥に入ると、フォークギターを持ってカウンターから出て来た。
ヘイジョーが終わると、BGMを切り、スツールの一つに腰掛けると、タッピングでリトルウイングを弾き始めた。
芽が出ない小説家が、驚いた表情でそれを見つめていると、「もう一杯飲むかい?」とたずねて来た。
「ああ。石の地蔵よりはマシだな」
「済まない」
「謝ることはないさ」
芽の出ない小説家は、少し右の唇の端を持ち上げると笑った。
「先にジンを作るかい?」
「いいや。リトルウイングを弾き終わってからでいい」
そう言って、スツールに座り直した。
今のこの瞬間だけは、どんな言葉も安物臭く感じただろう。
言葉と格闘し続けている芽の出ない小説家は、ふとそんなことを思った。
第1夜 了
最初のコメントを投稿しよう!