3月 弥生の頃に

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「んじゃ、ご指導願いますよ」 人のいい笑顔で蒼髪の子に言う、意気揚揚と。 因みにここまで荷物を運んだトラックの運転手は「眠いから寝とく」との事、唯今車内で熟睡中。 「…黒いテープの箱は居間に、青いテープの箱は二階の扉開いてる部屋に、家具はとりあえず後で」 酷く簡潔に、そして的確に。 それだけ言うと赤いテープで梱包してある箱を運び出す。 「言ったら持っていくのによ、俺って信用無い?」 「これは自分で運びたいだけ、だ。」 「さいですか、じゃあ言われた通りに動きますよ」 黙々と荷物を運ぶ。 (き、気まずい…) 本当に一言も喋らず、黙々と、機械のように荷物を運び続ける。 そんな蒼髪の子に聞かなくてはならない事があった。 「そうだ、俺、すずなりひびき。鈴の鳴る、響く鬼な!」 「そのまんまだ、ね」 「…地味に気にしてるんだよ、言うな。そう云うお前は?」 「…慈しみの音でいくつね、名前は迅いのじん、でいいや」 「何だ…そのいいやってのは…」 「通称、で」 「まぁどうでもいいけど…じんね、とりあえず宜しく!」 「…ん、よろしく」 ぎこちなさと違和感の混じったお互いの自己紹介。 どこか物欝気な迅の横顔に響鬼は立ち入れない壁を感じつつも、 そのまま引越しの作業はそのまま進んでいき、日がオレンジに染まり始める頃には終わりが見えていた。 「ふうぅ…こんなもんで良いか?位置ずれてないか?」 「別に、問題はない、ぞ」 「荷物はもう無いみたいだな」 「そうだ、な。お疲れ」 「それにしても色分けで判りやすかったし、そんなに量なかったな。うん、お疲れさん」 一息つこうと縁側に腰掛ける迅、それとは正反対にトラックに寄っていく響鬼 「んじゃあ、帰るわ。手伝いだけって事だったし終わったみたいだしな」 「…あぁ、そう」 「…じゃぁ、またな」 そう言ってトラックに乗り込む。 … ところが反転、蒼髪の子の元に戻って行く。 「あっぶね忘れるところだった…これ、おっさんからの預かり物。中身読んどいてくれってさ。んじゃな!」 懐から便箋を手渡し、今度こそトラックに乗り込む。 そして談笑が聞こえた後、トラックは走り去って行った。 便箋を握り締めたまま所在無さ気に佇む蒼髪の子を残して… 春風が再び少し冷たさを取り戻す、春の夕暮れに。
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