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悠紀にもまだ仕事は残っているので、遠藤を探すため社内を徘徊し、時間をいたずらに浪費することは良くない。悠紀は念を押すように心の中で呟きながら、真っ直ぐな廊下を歩きだした。
だが、次の瞬間に悠紀の心配は無に帰すのである。
「…佐倉?」
「!」
歩き出して間もなく、悠紀の目的は達成されてしまったのである。同僚の女性の言う“もうすぐ戻る”というのは、悠紀の予想していたものよりも俄然早かった。悠紀は、自分の姿を見て立ち止まった遠藤を見上げる。遠藤は、悠紀よりもいくらか背が高い。昼間の明るみで向き合うと、それがこの前よりもはっきりと示されたように思えた。
「どこかへ出る途中か?」
遠藤の問い掛けに悠紀ははっとして、大事に手に持っていた書類は素早く遠藤に差し出した。
「早くに完成したので…」
直接多くの会話を望んだ悠紀ではあったが、本人を前にすると案外思い通りにはならないものである。上司ということもあり、悠紀は少し萎縮していた。
それを気にせぬ素振りで遠藤は書類をそっと受け取ると、口元を緩ませ微笑を浮かべた。
「こんなに早く完成するとは思っていなかった。ありがとう」
滅多に見ることのないその表情に、悠紀は先程までの妙な緊張が一気に吹き飛ぶような心持ちになった。
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