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ボールを直してからは、辺りをぶらぶらしつつ教室に戻ると、教室入口で一人の少女に捕まった。
「また、勝手にサッカーボール持ち出してたでしょ?」
月すらもない深淵の夜色。そんな色を持った腰程までにある髪を携えた少女だった。目は大きく、淡い茶色で微かに濡れて、唇は淡いピンク色。そして目を奪われる程に美しい顔の持ち主。
「げっ、なんで知ってんだよ。唯夏」
純也は彼女を唯夏(ユイカ)と呼んだ。
「もちろん、その一部始終を目撃したからです」
唯夏はフフンと笑う。
「唯夏……たの……」
「唯夏ちゃーん。」
不意に純也の後ろから晶が飛び抜けて唯夏に飛び込んだ。唯夏はそれを見事な身のこなしでかわした。
「あれ~なんで逃げんのぅ?」
「抱き着かれたくないからです」
唯夏はしれっと言った。
「俺と付き合ってぇー」
「お断りします」
唯夏はにこりと笑い、ぺこりと丁寧に頭を下げた。
「毎度のことだけどさっさと諦めろよ。暑苦しい」
純也は心底ウンザリしたように、晶を見た。
「んだとぅ」
「大体お前は女だったら誰でもいいんだろ?」
「うーん」
晶は心底悩んでいるようだ。純也は苦笑する他ない。
「やっぱり。そこで悩む時点で女だったら誰でもいいんだろ? この女たらし」
晶の顔が崩れた。そして首を横に振る。
「違う。俺はすべての女性が好きなんだ」
「それを女たらしって言うんだ」
晶は胸を突き抜かれた感覚になってその場に立ち尽くした。
「まぁ、こいつは無視して……唯夏、頼む先生には言わないでくれ。また内申下げられたら、親に殺される」
これは心底の頼みだった。ならば最初からしなくければ良い、というのは純也にとって無益な話だ。
「言わないであげても良いけど条件があるんだよねぇ」
「何? 何でも聞くから」
「今日買い物付き合って」
「………それだけ?」
呆れ気味に言った途端だった。背後から殺気を感じた。それは晶からの殺気……否、クラスの男子全員からだった。
――そういや、唯夏ってモテるんだよなぁ。
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