思い出は胸の中

5/20
20人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
初めて会った時、彼女は僕を不振そうに見つめた。 でも、会話は無い。 今のように椅子に座って黙々と本を読み終えると、帰る。 そんな事が三日続いて。 僕も疑問を抱きながら、それを口にする事は無かった。 四日目の放課後。 とうとう彼女は、空を眺める僕に声をかける。 「なんで、空を見上げているの」 「友達と小テストの点を競い合って負けたんだ。だから罰ゲームだよ」 僕はそう答えた。 その日から、毎日聞かれる事になる。だから理由も毎日変わった。 「大事な物を、風にさらわれてしまったから。まだ空を流れているかも知れない。今、探している途中だよ」 「猫を拾ったんだ。帰るまでに名前を決めたいけど、なかなか決まらなくて考えているんだ」 いつの間にか彼女の問い掛けを楽しみにする自分がいた。 彼女もまた、理由を追求するような野暮はしない。 気付けば、それが僕達の挨拶になっていった。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!