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「連中は来ないよ。安全だというデータを掲げておきながら、その実、怖くて近付けないのさ」
ぎゃりぎゃりと鎖を巻き込む音を響かせながら、ねじは巻かれていく。
砂を引き潰し軋ませながら、扉はゆっくりと口を開いていく。
それらの重々しい儀式が終わった頃、スワニの頭に現実が降りたきた。
「ふざけてるのか」
「安心しろよ。水さえ口にしなけりゃ影響はない。三年も調査に携わってる俺が言うんだから間違いない」
ひらひら手を振りながら、同僚が軽く請け負ってくれる。
「そういうことを言ってるんじゃない」
「お前、禿げる家系だろ」
「残念ながら、父親も祖父もモンブランだ」
くだらないジョークを道連れに、二人を乗せたキャタピラ車は世界へと足を踏み入れた。
扉が特別大きいのは工事用車両の通行が多いからだ、と同僚が教えてくれた。
一面に広がる白砂。砂漠と呼ばれる場所では普通のタイヤはすぐに埋もれてしまう。
二人の仕事は壁の向こう側の水質調査。期間は一週間。毎年決まったポイントの成分検査を行い、汚染が基準値以下になれば巨大な壁は取り払われる。
空気汚染の方はもう何年も前に無くなったと公式発表されている。しかし近寄りたがる人間はそうはいない。役人たちが良い例だ。
一度植え付けられた恐怖は容易には晴れない。多くの者が、未だに壁の向こうの汚染が命を脅かすと思いこんでいる。
激しい揺れに胃がひっくり返る。硬いクッションで尻が痛くなる。
それらに耐えて目的地の一つであるオアシス着くと、同僚はスワニにいくつかの注意を与え、水の入った大きなドラム缶と大量のペットボトル、昼食の弁当を置き去りにしていった。
期間は限られている。
ここからはスワニ一人で作業をしなければならない。
オアシスは平らな石が敷き詰められ、歩きやすく整備されていた。
それでも吹き付ける風には硬い砂が混ざり、慣れた者でも皮膚を傷つける。
スワニはマントを羽織り、頭にも深く砂避けの布を被った。そうしなければ皮膚だけでなく、目もやられることは扉の前で実証済みだ。
他の砂漠を知るわけではないが、ここの砂はやけに鋭利だとスワニは思う。
漂白されたように白くて硬くて。尖っているくせにざらざらと脆くて。
まるで……。
スワニは頭を振って嫌な想像を振り払った。まずはドラム缶の水を、住人に届なければ。
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