坂崎傑と吉祥天女の像

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気が付くと僕の四肢は見知らぬ荒れ地に投げ出されていた。ひどくぶつけたのか、身体の節々がきりきり痛む。思わず、ううっ…と呻いてからようやく僕は、恐る恐る左目の瞼を押し上げた。朧げに見えたのは、猫じゃらしが群生する苔むした地面、だった。ごろごろと尖った石が、青海苔をまぶした地面から所々顔を覗かせていた。 ここは、いったいどこなんだろう。 僕は上半身を捻るようにして起き上がった。まだ辺りは朝焼けの穏やかな光に包まれていた。遠くの方でお寺の鐘が鳴っている。僕が視線を泳がせると、自分の倒れてた場所の脇には、赤い花柄の着物をきたちいさな女の子がひとり、まるで僕を不思議な生きものを見るかのようにマジマジ見つめていた。 「…わぁあ!!生きちょるよ!生きちょる!」 女の子は可愛らしく目を真ん丸にして、騒ぎながら僕から離れて茂みに姿を消した。 目の前に迫るボロボロのお堂は木造で、何の神様を祭ってあるか、僕は知らなかった。側に立っている標には消えかかった文字がこう記されていた。 「…吉祥天?」 確か…吉祥天は芸事の神様だ。何となく惹かれるままに、僕はお堂の中にコッソリ入った。
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