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戦は天魔大戦とよばれていた。
世界……天界魔界塵芥を含み、あらゆる世界は次元という層と、その中に泡の様に隣接する宇宙に分かれていた。
あぶくに似た幾多の世界。
互いに知覚出来ない世界の中で、だが天界人である私たちは隣接する宇宙にほころびがあれば、そこから行き来出来る。
その門が『満ちたる月』であった。
しかしそんな中で、天界魔界を隔てる次元の間には例外があった。『門』が無くとも、高次元体である天使と悪魔ならばいつなりとも侵入出来る空間。そこは極めて小さな世界であったが、一切の生命体が無く、命を持つあらゆる物が、――正にあらゆる意味で――閉じた『通路』……通称・無限廻廊であった。
そこは高次元体具現者であってさえ、存在し続ける以上は困難な世界。
そこは命というエネルギーの発動を禁じられた場所……つまり術法の行使が一切出来ない場所だった。
例えば傷を帯び、それに治癒力が発動すれば、たったそれだけの力でも使おうとした途端にかき消え、あまつさえ、そこから力の放出が止まらなくなり、端から消える。
そして空間移動でさえ同様で、誰かが向こう側から手を差し伸べて初めて帰る事ができる。
おそらくここへ来たならば、我らが大いなる父でさえ、無力な者となりさがるだろう、そんな空間で。
私たちは鞘から抜き放った光の剣で、次々と悪魔と斬り結んでいた。
階級毎に一様に同じ姿を持つ天使、そして様々な姿の悪魔。かつて我々も無数の容姿をしていたと言うが、ある事件を境に統一され、今では、時に彼らは神の使いたる我々よりよほど美しい。
だが、そんな事は私には全く関係ない。
他の天使が、例えばその美しい、時にか弱げな生き物にあわれを感じて死んで行く中で、私はひたすら剣を振るい続けていた。
光に裂かれた悪魔は――悪魔達になぶられた天使も――かすり傷一つで断末魔と共に灰になる。返り血さえ一瞬で空に融け消え去るため、私の――天使に共通の蒼白い衣服には汚れ一つない。
そんな私の心は冷えこごった氷の様で、天界で時折与えられる、大いなる我らが父の癒しの御手でもいっかな温まらなかった。
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