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今日もただ悪魔たちの叫びを聴くだけ。
そう思っていた私の前に黒地に紅い裏地のマントをひるがえす悪魔が一人、突如として現れ剣を振るった。
風もないのに黒い肩までの髪を軽やかに靡かせて、非の打ち所のないしなやかな体躯を柔らかに操る男。金色の瞳。眩しささえ感じる烈日の様な、一種神々しくさえある完璧な身体。
見るからに――位の高い、悪魔。
そんな物は転移術さえ使えないこの廻廊に出現する筈がなかった。
位とは厳然たる力の差異である。そしてそれらは完成度の高い身体を持っていた。
完璧であるとは、そのバランスである。位の高い者である程左右の相似が高いのだ。
その黒い威容は、明らかに私の相手をするようなレベルの悪魔とは見えない。左右の差異が見つからないのだ。
それでも……私は剣を振るった。
それ以外、何も出来なかったから――。
「お前、悪魔の間で噂になってるぜ」
悪夢は嘲笑いながら、腰に下げていた黒い刃のレイピアを抜き放った。見事と感嘆する他ない金細工の拵え。力の行使の禁じられた世界であるが故に生成成分は分からなかったが、この世界にある以上、その悪魔の支配下にある何か以外であろう筈もない。
振り下ろされた光と闇の刃がぶつかる。弾き、なぎ、押し合い、すれ違う。
雑魚とは比較にならない腕前だった。
幾合打ち合い、幾合重ねても、決着がつかない。どころか僅かずつ押されている気がしてならない。私は焦りながら油断なく構えを直す。
「殺戮の魔天使ってな」
どうでもよかった。
私はただ生きて。
――カシュレスに会いたい。
それでも打ち合いながら、私は毎晩のように胸を占める彼を思い描いた。
今や私の支えは大いなる我らが父ではなかった。ただ戦をひたすらに戦い、またカシュレスに会うという、それだった。
私はふと眉をひそめた悪魔の隙を逃さず、その場をなぎ払う様に剣を走らせる。だがそれは跳びすさられて、ようやくマントの端を裂いただけだった。
――月の門の元。
私を見詰めたカシュレス。
「あんた……」
過ぎった痛みに心が軋む。
遥か向こうに跳んだ黒い悪魔との間には十余りの下級悪魔が割り込んで来た。きっ、と離れた相手を睨もうと眼を向けると、高位悪魔が眉をひそめて私を見ているのに気付く。それが訝しく、私の眉がヒクリと動いた。
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