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 彦爺、彦さんなどと呼ばれて、大方、誰からも好意的に見られていた彦二郎が、ある日突然行方知れずになった  最後に彦二郎を見たのは、長男彦吉の嫁多津で、それはいつものように朝の犬の散歩に出掛ける後ろ姿だった  普段は殆ど口をきかないのだが、多津はその日に限って彦二郎に声をかけた  なぜ声をかけたのか、五年たった今でも多津には判然としない  実際、単なる気まぐれと偶然が重なっただけだったのだが、事が事だけに、どうしても意味を見い出そうとしてしまう  《わがんねいな…》  結局はそこに落ち着くことになるのだが、食器棚に彦二郎の湯飲みを見たときや、季節の変わり目になると思い出してしまう  そして、姑の遺影が目に入ったときには嫌でも思い出さずにはいられなかった  おっ母さが逝んでてよがったず、姑のイネがいたらいびり殺されていたに違いない、それかおれが殺してただな  どちらにしても、ああもすんなりカタがつかなかったに違いなかった  それとも、みんなが言うようにイネが連れていたんだろうか  あり得ねえこどではねえべ、イネは本当に彦二郎を好いていたから、御山の墓から出てきて天丸も一緒に拐っていった、そこまで考えて多津はいつもけたたましく笑った  それこそあり得ねえべ、墓がらおんでて来られるんだら、ぜってえおれのとごさ来るず、爺っちゃよりもおれだぁ、なんせあのババア殺したのはおれだからな  どこであろうと、これを思い出すと多津はけたたましく笑った  多津は一年をかけてイネを毒殺していた
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