苛立ち

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あいつの名前はちはる。 春が好きだった母親がつけたのだと話していたのを覚えている。 ちぃがいじめられ出したのは入学してすぐだった。 きっかけなんてたいしたことじゃない。 あいつの目が病気だったから…。 自分たちとは違う。 そんなくだらない理由だった。 『あいつの母ちゃんはあいつを捨てて出ていった』 『あいつの傍にいると不幸になる』 そんな噂が流れて、あいつの周りには誰も寄らなくなったんだ…。 誰になんて言われてもあいつはいつだってニコニコしてた。 だから皆あいつは何しても傷つかないって勘違いしてたんだ。 傷つかない人間なんていないのに……。 これまではくだらないことやってるなって思いながら、眺めてた俺。 あいつの言葉を聞いて苛々した。 幸せそうな笑顔が理解できなかった。 俺は苛立ちのあまり近くにあった教科書を投げつける。 びっくりした顔で俺を見たあいつ。 「お前は母ちゃんに捨てられたんだよ!」 そう叫んで俺は放課後の教室を飛び出す。 俺は母ちゃんや父ちゃんに捨てられたようなもんだ。 ただ飼われてるだけなんだ…。 いつも自分自身に繰り返し言い続けた言葉。 『だから期待しちゃいけない』 期待なんかしたら哀しくなるだけだ。 始めから期待なんかしなければ傷つかない。 マンションに帰ればまた一人だ。 ドアを開けて中に入る。 返事がないのはわかりきってるのにただいまなんて言ってみる。 テーブルの上には書き置きとともにお金が置いてあった。 ほらね? やっぱり今日もいない。 哀しくなんかない。 期待してたわけじゃないから。 寂しくなんかない。 俺は一人で平気だ。 一人で食べる夕飯。 あいつの驚いた顔を俺は何度も思い出していた……。
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